音楽ビジネスとITに精通したプロデューサー・山口哲一。作詞アナリストとしても活躍する切れ者ソングライター・伊藤涼。ますます混迷深まるJポップの世界において、この2人の賢人が、デジタル技術と職人的な勘を組み合わせて近未来のヒット曲をずばり予見する!

さて、近々リリースされるラインナップから、彼らが太鼓判を押す楽曲は?

【次に流行る曲】加藤ミリヤ「リップスティック」

ジャパニーズR&Bから生まれたミュータント

伊藤 今回の曲は加藤ミリヤの「リップスティック」。じっくり聴いてみましたけど、今までの加藤ミリヤの曲で一番好きな曲。いろんな意味で熟成された感じですね。

山口 デビューから11年なんですね。16歳でしたからね。

伊藤 はい、2004年にデビューして、リアルで等身大な歌詞とメロディセンス、“女子高生のカリスマ”として同世代から支持されるようになってから10年です。

山口 ジャパニーズR&Bという耳慣れない言葉も浸透してきていた頃に出てきた少女でした。その中でも、若い頃から歌唱力は高かったですね。

伊藤 MISIAや宇多田ヒカルが今のジャパニーズR&Bの先駆けだとしたら、加藤ミリヤはそこから生まれたミュータント的存在。R&Bに縛られることなくどんなジャンルでも自分のものにするし、加藤ミリヤという独自の世界を持ったアーティストですね。

音楽のジャンル名はいつだって後付け

山口 忘れがちなんだけれど、そもそも音楽ジャンルって、必ず後付けなんですよね。テクノポップという言葉があって、クラフトワークの作品ができたのではなくて、クラフトワークやYMOの楽曲があって、テクノポップと言われるようになったという順序。

伊藤 なるほど。

山口 アーティスト自身が言い出す時もありますが、メディアなどで取り上げやすくするためにマーケティングタームとして生まれることが多いですよね。プロ作曲家育成の「山口ゼミ」で受講生に対して「ジャンルで先入観を持って、音楽を聴くな」ということは必ず言っています。

伊藤 音楽ジャンルを流行りや時代を感じるための言葉として、ユーザーが使うのは正しいと思うんですよ。それこそファッションのひとつのように使われればマーケティングタームとして正解。だけどクリエイター側が、ジャンルという言葉に振り回されるようでは、時代を引っ張っていくような音楽は創れない。そういう意味で加藤ミリヤって、クリエイターとして柔軟なマインドで音楽と向かい合っている感じがしますね。

山口 そうですね。僕が「山口ゼミ」で、もう一つ言うのは「音楽家は誰かの音楽を聴いて、人生を踏み外して、音楽家になっている」。ポップミュージックの歴史は脈々と続くアーティストの影響の歴史なわけです。加藤ミリヤは、影響を受けたアーティストに安室奈美恵、ローリン・ヒルを挙げていますね。安室奈美恵を頂点とするジャパニーズR&Bの歴史というのが、受け継がれているんだな、と思いました。Jポップのクオリティを担保してくれている気がします。

伊藤 なるほど、そういう考えもありますね。今回の「リップスティック」ですが、彼女を“女子高生のカリスマ” として決定づけた「ディア ロンリーガール」の10年後を意識した曲。2曲を並べて聴いてみて“確かに! ”って思えたし、彼女の熟成度合いも感じられた。彼女は“今”を生きてる、ちゃんとそう感じられる曲ですね。

山口 Jポップにおいては、歌詞の役割はとても大きいですよね。言葉の意味が大事なのは当然なのですが、面白いなと思うのは、海外のJポップファンも日本語の響きが好きなんだそうです。世界160カ国で英語で日本の音楽を紹介しているNHK国際放送「J-MELO」が毎年行っている視聴者向けアンケート「J-MELO Research」(外部サイト)で、Jポップが好きな理由に、歌詞や日本語の響きを挙げる人が少なくないんです。

伊藤 面白いですね。日本語って基本的に日本でしか使われない言語ですけど、その島言葉に興味があるって。音楽のグローバル化はもちろんですが、世界的にJポップの嵐が起こる予兆を感じますね。たとえば近いうちにビルボードで日本人アーティストやクリエイターが上位に登場するとか。それが日本語という個性を生かしている加藤ミリヤであっても全然おかしくない。彼女の詞はちゃんと説得力も持ち合わせていますから。